貸借対照表から、家族の歴史と強みを読み解く
ここまで、貸借対照表の見方について解説してきましたが、少し難しく感じられた方もいらっしゃるかもしれません。損益計算書と違い、日常的に接する機会が少ないため、馴染みがないのは当然のことです。
この連載を読んでくださっている皆様の中には、長年複式簿記を続けてきた方、そしてこれから挑戦したいと考えている新規就農者の方など、「貸借対照表をしっかり読み解けるようになりたい」という想いをお持ちの方が多くいらっしゃると思います。
一度にすべてを理解するのは難しいかもしれませんが、ぜひご自身の決算書を手に取り、この連載を繰り返し読み返していただけると嬉しいです。筆者はいつも多くの農家さんにお伝えしています。「数字は勉強するのではなく、慣れるものです」と。自転車の運転のように、最初は難しく感じても、一度乗りこなしてしまえば自然と体が覚えていく。そんな感覚に近いのかもしれません。
今回は視点を変えて、貸借対照表から「過去の積み重ね」を読み解く方法について解説します。
貸借対照表は、経営の歴史を物語る
前回までのコラムでは、貸借対照表から現金預金の増減や、短期・長期の安全性をチェックする方法を説明してきました。それだけでも重要な分析ですが、実は貸借対照表からは、皆さんの経営がこれまで歩んできた「歴史」を感じ取ることができるのです。
1. 固定資産や農地を見る
まずは、固定資産の部で、今年度増加したものに注目してみましょう。
- ◆建物:作業小屋や格納庫の建設は、今後の規模拡大や経営発展への意欲の表れです。直売所や加工場であれば、新たな挑戦を始めようとしているのかもしれません。
- ◆構築物:鉄骨ハウスの増設などは、園芸部門の規模拡大を意味します。
- ◆機械・車両:トラクターやコンバイン、選果機、軽トラックなどの更新は、作業効率や品質向上への投資です。
大きな投資については、ご家族も把握していることでしょう。しかし、決算が終わったこのタイミングで、改めて貸借対照表を見ながら「どの資産が増えたか」を確認することが大切です。特に、投資を主導した本人は覚えていても、他のご家族にとっては記憶が薄れがちになるものです。改めて家族で情報を共有する良い機会と捉えましょう。
また、貸借対照表に記載されている「土地」は、いつ、どこで購入したものかご存じでしょうか。先代が過去に購入した土地かもしれませんし、近年の規模拡大で自身が購入した土地かもしれません。自身に心当たりがないときは先代に尋ねてみましょう。そうすることで、知らなかった歴史が見えてくることもあります。
2. 資産台帳をさらに深掘りする
資産台帳にまで目を通す機会は少ないかもしれませんが、ここには一家の農業の歴史が時系列で刻まれています。
「後継者の就農を機に、働きやすい環境を整えようとハウスを建て替えた」「子どもたちの学費を稼ぐため、思い切って大きな機械投資を決断した」など…。
資産台帳を見ながら、先代(あるいはご自身)がどのような想いで投資をしてきたのかを振り返ってみてください。後継者の方は、改めて先代の想いや苦労に感謝する機会になるかもしれません。ご家族で資産台帳を囲み、当時の状況や想いを語り合うことで、世代を超えて理解が深まるきっかけになるはずです。
3. 保険積立金などを確認する
固定資産の下には、保険積立金や出資金などが記載されています。収入保険の積立金など、万が一に備えるための資産です。貸借対照表を見た際に、「これは何の保険だろう?」と、改めて保障内容を確認しておくことも大切です。
4. 自己資本比率=利益の蓄積を見る
最後に注目したいのが、自己資本比率です。これは、総資産(資産の合計)のうち、返済不要の自己資金(元入金や純資産)がどれくらいの割合を占めるかを示す指標で、経営の健全性を示します。
自己資本比率(%)=元入金(純資産)÷資産合計×100
元入金は、これまでの利益の蓄積です。毎年利益を積み重ねていれば、この比率は少しずつ上がっていきます。この比率が高い方では40%を超え、中には80%~100%という、ほぼ無借金経営をされている方もいらっしゃいます。長年の堅実な経営の証です。
近年、経営が苦しい状況でも、この自己資本比率が高ければ、過去にしっかりと利益を上げてきた証拠です。苦しい時期だからこそ、過去の成功体験に目を向け、乗り越えてきた歴史を自信に変えることが、未来への希望に繋がるのです。当時、なぜ利益を出せていたのかを振り返ることで、現状を打破するヒントが見つかるかもしれません。
決算書を、家族の未来のために
このように、貸借対照表は、単なる数字の羅列ではありません。安全性や現在の利益状況だけでなく、皆さんが家族と歩んできた経営の歴史そのものが刻まれています。
皆さんにおいても、ご自身の貸借対照表を、家族の歴史が詰まった物語として読み解いてみてください。そこからご自身の経営の「強み」を再発見し、先代の苦労に感謝し、そしてご家族が未来へ向かって一致団結していく。
決算とは、そのための最高の機会です。ぜひ、ご家族で決算書を囲んで、これまでの歩みを振り返る時間を持ってみてはいかがでしょうか。
以上