第11回
「未来のお金の流れを計画しよう」

前回のコラムでは、過去1年間のお金の流れを可視化する「キャッシュフロー(CF)計算書」について解説しました。「利益は出ているのに、なぜか手元にお金が残らない」という疑問の答えが、そこにあったかと思います。

農家の皆様には繰り返しお伝えしていますが、「損益」と「キャッシュフロー」は全くの別物です。損益の良し悪しと、実際のキャッシュフローは別の動きをします。いくら売上が増えて利益が出ていても、将来のために投資をすれば手元のお金は減りますし、借入金の返済も待ってはくれません。また、お子様の進学など、ご家族の状況によって必要な生活費(家計費)も変化します。

そこで今回は、前回の知識を応用し、「未来のお金の流れ」を計画する方法、すなわち「予測キャッシュフロー」の立て方をご紹介します。 これを家族で作成することで、漠然としたお金の不安を解消し、具体的な次の一手を考えるための羅針盤を手に入れることができます。

1.「予測キャッシュフロー」計画の立て方

まずは、下の表を作成することがゴールです。これから一つずつ、数字の埋め方を解説していきます。

【図1】1年先の予測キャッシュフロー計画表
項目 内容 金額(予測)
営業CF 本業で生み出すお金
①当期利益(青色申告控除前所得)
②減価償却費
③事業主貸(生活費など)
投資CF 将来のための投資
財務CF 借入・返済によるお金の動き
CF合計 最終的なお金の増減

手順① まずは「財務CF」から計画する

財務CFは、金融機関との約束事なので、最も計画を立てやすい項目です。

1.返済額の集計

金融機関や制度資金など、複数の借入があると、年間の返済総額が分かりにくくなりがちです。そこで、この機会に「借入金償還計画表」を作成し、すべての借入状況を一つの表にまとめることを強くお勧めします。金融機関から受け取った返済予定表をもとに、Excelなどを使って一覧化してみましょう。

借入金償還計画表のExcelを参照してください。

2.新規借入の計画

今期、新たに借り入れをする予定があれば、その金額も記入します。

3.財務CFの算出

「新規借入額」から「返済総額」を差し引いたものが、財務CFとなります。

(例)

  • ・新規借入 1,000万円
  • ・年間返済額 100万円
  • 財務CF 1,000万円 – 100万円 = +900万円

手順② 次に「投資CF」を計画する

投資CFは、今年購入を予定している機械やハウス、農地などの合計金額です。

ここはご家族としっかり話し合って計画することが大切です。まだ購入を迷っているものや、いつ壊れるか分からない古い機械の更新なども、一旦予算として計上しておくことをお勧めします。投資は支出ですので、CFはマイナスになります。

このように事前に投資CFを予測しておかないと、突然の故障で機械を購入する際に慌てたり、家族に相談なく高額な投資をしていたことが発覚して資金繰りが混乱したりする事態を防ぐことができます。

(例)

  • ・ハウス建設 1,000万円
  • ・その他機械 100万円
  • 投資CF -1,100万円

【リース購入の場合】

リースで資産を購入する場合も、将来の投資と資金調達という意味では同じです。投資CFに購入する資産の総額をマイナスで計上し、同額を財務CFの「新規借入」にプラス計上します。そして、毎年のリース料を借入金の返済として扱います。

手順③ 最後に「営業CF」を計画する

営業CFは、本業の農業でどれだけのお金を生み出せるかの見積もりです。これを計画するために、以下の3つの数字をまず見積もります。

・事業主貸(家計費)

家族の生活に必要なお金です。昨年の実績を参考にしたり、家計簿から計算したりして、今年の予測を立てます。お子様の進学や車の購入など、特別なイベントも忘れずに考慮しましょう。

・減価償却費

昨年の決算書に記載されている金額を参考にします。大きな資産の変動がなければ、ほぼ同額で問題ありません。

・当期利益(目標)

これが計画の要です。昨年の損益計算書を参考に、「今年はいくら利益を出すか」という目標を立てます。今年の作付計画、収量や単価の見込み、人件費や肥料代などの経費の変動を考慮して、現実的な目標数値を設定しましょう。

2.予測キャッシュフローで「守り」と「攻め」の計画を立てる

ここからは、いよいよ計画表を完成させていきます。しかし、ただ数字を埋めるだけではありません。「守り」と「攻め」、2つのステップで考えることで、経営の「最低ライン」と「目指すべき姿」の両方を明確にしていきましょう。

ステップ①:経営の土台を守る。「キャッシュ収支ゼロ」の最低ラインを知る(守りの計画)

まず、最も重要な「守り」の計画から始めます。大きな投資や返済がある中で、「最低でも、手元の現金を減らさずに1年を乗り切るには、いくらの利益が必要か?」を計算します。これが、今年1年の経営の土台となる「最低ライン」です。

【計算方法】

先に計画したCF(投資CF:-1,100万円 、財務CF:+900万円 )と、見積もった経費(減価償却費:300万円 、事業主貸:300万円 )を使います。

  • 1.必要な営業CFを計算: 営業CF + ( -1,100万円 ) + 900万円 = 0 → 営業CFは200万円必要
  • 2.最低限必要な利益を計算: 利益 + 300万円 – 300万円 = 200万円 → 最低利益は200万円必要

この計算から、「今年は最低でも200万円の利益を上げれば、キャッシュを減らさずに済む」という、具体的なお守りのような数字が見えてきました。

ステップ②:未来をデザインする。「目標利益」で描く理想の姿(攻めの計画)

最低ラインが分かって安心したところで、次は「攻め」の計画です。「今年はもっと成長したい」「来年の新しい投資のために資金を貯めたい」という未来のための計画を立てます。

ここでは、目標利益「300万円」を設定してみましょう。

【図2】1年先の予測キャッシュフロー計画表:完成例
項目 計算 金額(予測)
営業CF +300万円
①当期利益 300万円
②減価償却費 + 300万円
③事業主貸 – 300万円
投資CF -1,100万円
財務CF +900万円
CF合計 300 – 1,100 + 900 +100万円

この計画からは、「今年は300万円の利益を目標とし、達成できれば現金預金が100万円増える見込みだ」という、希望ある経営の物語(シナリオ)が見えてきます。

「守り」と「攻め」の両輪で考える

いかがでしょうか。この2つのステップで、私たちは2つの重要な数字を手にしました。

  • ・守りの最低ライン:利益 200万円 (これを下回ると現金が減り始める)
  • ・攻めの目標:利益 300万円 (達成すれば現金が 100万円 増える)

この2つの数字があることで、「今年はどんな状況でも利益200万円は死守しよう。そして、天候に恵まれ、努力が実れば300万円を目指そう!」というように、経営に具体的な目標と安心感の両方を持つことができます。

本当の目的は「家族で話す」こと

私が農家の皆様とこの予測キャッシュフローを一緒に作成すると、多くの方が「漠然とした不安が、具体的な課題に変わった」「家族で同じ数字を見て話せるのが良い」と、とても安心した顔をされます。

この予測キャッシュフローは、完璧な数字で完成させることが目的ではありません。

作成する過程で、ご家族がお金の話、経営の話を共有し、お互いの考えを理解し、未来に向かって同じイメージを持つことこそが、本当の目的なのです。

決算が終わったこの時期だからこそ、ぜひご家族で未来のお金の流れを計画してみてください。この一枚の計画書が、皆様の経営をより強く、豊かにする一歩となるはずです。