これまでのコラムでは、損益計算書から現場の出来事と数字を結びつけること、そして貸借対照表から経営の安全性や歴史を読み解く方法について解説してきました。
今回は決算分析の総仕上げとして、「1年間のお金の流れ」を把握する方法をご紹介します。
「損益計算書では利益が出ているはずなのに、なぜか手元にお金が残らない」。これは多くの農業経営者が抱える疑問ではないでしょうか。その答えを明らかにするのが、今回解説する「キャッシュフロー」です。1年間の経営活動を経て現金預金が最終的にどう増減し、その背景にどのようなお金の動きがあったのかを可視化します。
1.キャッシュフロー(CF)の構成について
「1年間のお金の流れ」を見ることを、専門用語で「キャッシュフロー(Cash Flow、略してCF)」と呼びます。キャッシュは「現金」、フローは「流れ(期間)」を意味し、個人事業主の方は1月1日から12月31日までの期間を、法人の方は期首から期末(決算期)までの1年間のお金の動きを指します。
キャッシュフローは、大きく分けて以下の3つの要素で構成されます。
項目 | 内容 |
---|---|
営業CF | 本業である農業で、どれだけのお金を生み出したか |
投資CF | 農業機械やハウスなど、将来のためにどれだけ投資したか |
財務CF | 金融機関からの借入や返済など、資金調達の動き |
CF合計 | 営業CF + 投資CF + 財務CF |
期首現金預金 | 1月1日時点の現金預金の残高 |
期末現金預金 | 12月31日時点の現金預金の残高 |
営業CFは皆様の日々の頑張りが、投資CFは将来への布石が、そして財務CFは金融機関との関係が、それぞれ数字として表れます。
2.キャッシュフローの求め方
キャッシュフローは、前期と今期の貸借対照表、そして今期の損益計算書があれば、計算することができます。
以下の決算書を例に見ていきましょう。
科目 | 前期末(12/31) | 今期末(12/31) | 増減 |
---|---|---|---|
現金預金 | 300万円 | 400万円 | 100万円 |
固定資産 | 2,000万円 | 2,800万円 | 800万円 |
事業主貸 | 400万円 | ||
短期借入金 | 300万円 | 250万円 | △50万円 |
長期借入金 | 1,000万円 | 1,700万円 | 700万円 |
事業主借 | 50万円 |
科目 | 今期末(12/31) |
---|---|
売上高 | 2,000万円 |
減価償却費 | 200万円 |
当期利益(青色申告控除前所得) | 600万円 |
① まずは「財務CF」から
財務CFは、貸借対照表の借入金の増減から求めます。
●短期借入金の増減
- 250万円(今期末) – 300万円(前期末) = △50万円
- 借入金を50万円返済したことを意味し、手元のお金が減ったためCFはマイナスです。
●長期借入金の増減
- 1,700万円(今期末) – 1,000万円(前期末) = 700万円
- 返済額以上に新たな借入を行ったため、CFはプラスです。
よって、財務CFは(△50万円 + 700万円)= 650万円 となります。
② 次に「投資CF」
投資CFは、今期どれだけ固定資産への投資を行ったかを計算します。
●計算式
- 前期末固定資産 – (今期末固定資産 + 今期減価償却費)
●計算
- 2,000万円 – (2,800万円 + 200万円) = △1,000万円
- 決算時に費用計上される減価償却費を足し戻すことで、純粋な資産の購入額を算出します。この例では、トラクターなど1,000万円の投資を行ったことが分かります。投資は支出なので、CFはマイナスです。
この計算が複雑に感じる場合は、資産台帳を見て今期購入した資産の合計額を計算する方法でも構いません。大切なのは、「この1年で、将来のためにいくらお金を使ったのか」を正確に把握することです。
③ 最後に「営業CF」
営業CFは、本業で稼いだお金を計算します。
●計算式
- 当期利益 + 減価償却費 – 事業主貸 + 事業主借
●計算
- 600万円 + 200万円 – 400万円 + 50万円 = 450万円
- ○減価償却費は、実際には現金支出を伴わない費用のため、利益に足し戻します。
- ○事業主貸・借は、事業と家計のお金のやり取りです。生活費などで引き出した分(事業主貸)はマイナス、個人のお金を入れた分(事業主借)はプラスします。
この結果、損益計算書上の利益は600万円でしたが、実際に農業で生み出したお金(営業CF)は450万円であったことが分かります。
3.計算結果の検算と振り返り
最後に、3つのCFを合計し、現金預金の増減と一致するかを確認します。
項目 | 金額 |
---|---|
営業CF | 450万円 |
投資CF | △1,000万円 |
財務CF | 650万円 |
CF合計 | 100万円 |
期首現金預金 | 300万円 |
期末現金預金 | 400万円 (300万円 + 100万円) |
CF合計の100万円は、貸借対照表の現金預金の増減(400万円 – 300万円)と一致しました。
この事例を読み解くと、「本業の農業で450万円のお金を生み出し(営業CF)、将来のために1,000万円の大きな投資を行い(投資CF)、その資金を補うため650万円の資金調達(財務CF)を行った結果、最終的に現金預金が100万円増加した」という、この1年間の経営の物語が見えてきます。
実際に、私が農家の皆様との面談でこの「1年間のお金の流れ」をご説明すると、「損益では利益が出ていたのに、なぜ我が家はいつも資金繰りに苦しんでいたのか、その理由がよく分かりました」といった感想をいただくことが多くあります。
決算が終わりましたら、ぜひこのキャッシュフローの計算まで行い、ご家族で共有してみてください。損益だけでなく、お金の流れというもう一つの視点を持つことが、未来の経営判断に必ず役立つはずです。
以上