皆さま、ご機嫌いかがでしょうか?『元気な畑のごちそう』株式会社カネエイ 代表取締役の市川義人です。
いつもホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。
1月31日、須崎市民文化会館で開催された「すさきCUP 2025」を観に行きました。
これは、市内の中学2年生が地元企業とタッグを組み、約5ヶ月間かけて地域課題の解決策(イノベーションプラン)を練り上げて発表する、集大成のイベントです。
私たち、元気な畑のごちそうグループ(カネエイ・須崎青果)もパートナー企業として参加しました。もっとも、実際に中学生たちと膝を突き合わせ、頭を悩ませてプロジェクトを共に創り上げてきたのは、当社の頼もしい従業員たちです。
私はこの日、彼らと中学生の奮闘の成果を見届けるため、一人の観客として会場に座らせてもらいました。
正直に白状します。会場に向かう前、足取りは少し重かったです。
「中学生の拙いプレゼンを半日も座って聞くのは、結構しんどいかもしれないな…。」
そんな、イヤな大人の勝手な先入観があったからです。
大人の予想を裏切る「熱」
ところが、実際に観てみると、その予想は良い意味で完全に裏切られました。
今年のテーマは「須崎愛が止まらない!」。
優秀賞や市長賞を受賞したチームの発表は、完成度が極めて高く、「これは、下手な大人の企画よりもよほど本質を突いているのでは?」と唸らされる内容でした。
一方で、全体を見渡すと、チームごとの「温度差」のようなものも、はっきり見えました。
同じ条件、同じ時間を与えられていても、
・課題を自分たちのものとして、難しさごと楽しんでいるチーム
・どこか「耐えてやり過ごしている」ように見えるチーム
この二つがあったように感じます。
「耐える」ことと「楽しむ」こと
ここでふと思ったのは、このプログラム自体が相当キツかったはずだ、ということです。
彼らが取り組んだのはシリコンバレー発の「デザイン思考」というもの。観察し、共感し、課題を定義し、試作(プロトタイプ)を作っては壊す。
約5ヶ月間、正解のない問いに向き合い続けるプロセスは、中学生にとっても、そして伴走した社員にとっても、決して簡単なことではありません。
その「キツさ」を、「面白さ」に変換できたチームと、「何とか我慢して終わらせよう」としたチーム。その差が、アウトプットの熱量に表れていた気がしました。
もし「とにかく耐えよう」「早く終わらせて楽になりたい」という気持ちで臨んでいたら、あれほどの感動は生まれなかったでしょう。
ちょうどそんなことを考えていたとき、コラムニストのジェーン・スーさんの著書にある一節を思い出しました。
幸せは、冷たい川の中で、砂金を探すように見つけるものではない。不幸が「たまの幸せを味わうための装置」になっていたら、それは本末転倒だ。(※趣意)
この言葉のように、「耐えた先に少しだけ報われる」という構図そのものを、私たちは無意識に「美徳」として良しとしていないでしょうか。
私たち大人の姿勢が問われている
これは今回のプロジェクトだけの話ではありません。私たちの日々の仕事にも、まったく同じことが言えるはずです。
仕事でも、新しい変革でも、「今はしんどいけど、我慢すればいい」と言い聞かせて、「その場をどう面白くするか」「どう意味あるものにするか」を考えることを、放棄してしまってはいないだろうか?
子どもたちは、大人が思っている以上に敏感です。本気で向き合われているのか、「仕事だから形だけ関わっている」のか。その空気は、必ず伝わります。
・やり過ごすような関わり方をしていないか
・「参加したこと」だけで満足していないか
・一緒になって悩み、試行錯誤のプロセス自体を楽しもうとしているか
素晴らしい発表を聴きながら、私自身も経営者として、「社員が仕事を『やり過ごす』ことなく、楽しめる環境を作れているか?」と、改めて自分に問い直しました。
最後に
少なくとも私は、「やり過ごす側」の大人にはなりたくない。そう強く思いました。
変化や課題を「面倒なこと」として耐えるのではなく、「面白がる」こと。中学生と、彼らに真剣に向き合った社員たちから、改めてその大切さを教わった気がします。
「今の仕事、やり過ごしていませんか?」
今回の経験は、中学生の成長の場であると同時に、私たち大人にとっても「姿勢を問われる場」でした。
素晴らしい刺激をくれた彼らと、共に走り抜けた社員たちに感謝しつつ、自戒を込めて投稿させてもらいました。





